ジャスティス西オーストラリア(Justice WA)が主催する晩餐会のゲストとしてオーストラリアを訪れているルービン・カーターのインタビューが、シドニー・モーニング・ヘラルド(Sydney Morning Herald)に掲載された
Hurricane continues long walk to justice
BRAD WALTER
February 16, 2010
「もちろん、あの歌は素晴しい。でもあの曲じゃ踊れないだろう?」
「ルービン・'ハリケーン'・カーター」元ミドル級世界チャンピオン。その名はボブ・ディランにより不屈のものとされた。無実の罪で20年間の服役中に多くの仲間の助けられた。
そんな数奇な運命を経たカーターも、現在72歳。過去を振返って「良かった」と言える人生を送っているようだ。出所後の彼は自身と同じく冤罪と戦っている人達のサポートをするためにその人生の大半を費やしている。
「もはや、ライフワークだ。もう44年間、"間違った有罪" のために働いている。20年間は柵の中でそして24年間は柵の外でだ」
「無実の人が冤罪で苦しんでいたなら、いつでもどこでも助ける。自分もそうして助けられたから」
ディランと共に彼を自由にするためにボクシング界からモハメド・アリやジョー・フレージャーが運動に協力した。しかし、1961年から66年の間、40回もボクシングの試合をしたカーターは今、ボクシングや他のスポーツに関してほとんど興味が無いようだ。
「例えば、記憶に残るような有名な試合を見に行ったとする。リングには年老いたファイターが立っている。そして、歩く事も話すことすら出来ないほどに酷くボロボロにやられてしまう。そんな姿を見ると申訳なく思う。もしあの冤罪がなければそこに立っているのは自分かもしれないのだから」
「絶対にボクシングは辞めてなかっただろう。そして相手が傷つつか或は死ぬかもしくは自分が傷つくまで戦い続けただろう。多くの仲間達と同じように。だから、そんな光景を見るとこう言ったもんだ『刑務所に行けてなんてラッキーなんだ、こんな目に合わずに済む』てね。刑務所は100%完璧にボクシングから隔離した。ボクシングにしがみつく事なんか出来なかった。終ったんだよ」
マイク・タイソンやタイガー・ウッズのような有名な選手に興味があるかと尋ねると.....
「いや、いや、全然知らないよ。どんなスポーツも見ないし知らない。実際、スポーツは野蛮なものだ」
「不正な有罪を宣告され、プロボクサーとしての地位を失ったが、当時のアメリカ合衆国は公然と黒人分離が行われていた。そのような国で生れ育った者にとって、その憂鬱な状態から脱出する唯一の方法がエンターテイナーになることだった」
彼は、未だにボクシングがネルソン・マンデラに引合わせた事に感謝している。
「何年も前からネルソン・マンデラを知っていた。初めて合ったのは彼が1960年代始め刑務所に入った頃だ。南アフリカで彼らのミドル級のチャンピオンと戦った事がある。ジョー・"アクスキラー"・ギディ(Joe "AxeKiller" Ngidi)だ。彼は1ラウンド持ちこたえた。私はネルソンを愛している。彼は素晴しい政治家だ。27年、刑務所にいた。そのことは強靱な精神の持主だということ示している」
カーターはオバマ大統領を高く評価している。
「私が生れた頃、黒人は犯罪者になるかエンターテイナーになること以外許されなかった。オバマ大統領は私の生涯を通じての驚きだ」
「人類の歴史のとても面白い時期に居合せたと思う。そして私もその歴史の一部だ」
※彼の無罪に異議を唱えている人もいる
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