2011年7月24日

ディランとビートルズが目指したもの

2011年7月24日



1999年に出版された中村とうようの著書『ポピュラー音楽の世紀』からディランが登場するところを二つ。第10章 五十〜六十年代アメリカ音楽の大噴火、第6節 「ディランとビートルズが目指したもの」と第12章 波の彼方のポストモダン、 第3節「ポストモダン時代の音楽の変貌」


ディランとビートルズが目指したもの

ケネディーが大統領だった六〇年代初頭黒人差別反対とヴェトナム反戦の運動が盛りあがるなかで、政治的な発言を歌詞に取りいれたいわゆるプロテスト・ソングが、フォークソング・ブームの波に乗って、カレッジ・ボーイを始め中産階級の若いインテリ層を中心に大きな支持を集めた。ブームの寵児だったのが、ボブ・ディラン。しかし彼は人気が頂点に達した六五年、突然エレキ・バンドの伴奏でロック調の曲を歌ってファンの憤激を買う。ディランを信奉してきたフォーク/プロテスト・ソングのファンたちはロックと電気楽器が大嫌いだった。代りに、フォークソングをバカにしてきたロック・ファンたちがディランの支持者となる。レコード・マーケットをロックとフォークに二分することで秩序を保ってきた業界は混乱に陥る。そしてエルビス以来のポピュラー音楽界の秩序が再編を余儀なくされる。

変動はイギリスでも起きて、その波がアメリカを襲った。ビートルズ、ローリング・ストーンズを始とするブリティッシュ・ビートのインヴェイジョン(侵入)だ。長いあいだのポピュラー音楽不毛の地イギリスで、アメリカのロックに触発されてアメリカ以上に中身の濃いロック音楽が急成長し、本場めがけて逆襲し始めたのだ。この現象に大きな意義があったのは、ビートルズたちの目指す方向とボブ・ディランの目指す方向とが一致していたからだ。

アメリカに『シング・アウト!』という雑誌があった(今もあるのかもしれない)。ディランのプロテスト・ソングを真っ先に紹介してきたフォークソング専門誌だが、その六四年十一月号の読者投稿欄におかしな手紙が掲載された。ボブ・ディランとビートルズのジョン・レノンはあまりに共通点が多い、ひょっとしたら同一人物なんじゃないか、というものだ。もちろん冗談だが、そのころのふたりはまだ新人だったから、こんな冗談も出る余地があったわけだ。同じ雑誌の六五年三月号で、こんどは有名なロック評論家ラルフ・グリースンがそれに同調した。レノンの本の表紙の写真とディランの最初のLPのジャケットの写真がそっくりだ、それに、二人がいっしょにいるのを誰も見てない、というトボケたものだった。これを掲載した編集部はグリースンが指摘した二つの写真を並べて、読者のみなさんそれぞれ判断してください、と但し書きをつけた。評論家や編集者までがこんなジョークを楽しんでしまったことからも、ビートルズとディランは同じタイプの音楽家だというイメージが広まっていた、当時の気分がわかる。

フォークソングの掲げる理念をただのタテマエで終らせないためには、そこにはロックという爆弾を仕込む必要があると考えたディラン。ロックのエネルギーを商業主義に盗み取られないために歌詞に社会の真実をを盛り込もうと模索するレノン。この二人の方向性がひとつにまとまろうとしていた。このときロックはほんとうの姿を取り戻しかけた。しかし、それ以後もロックを抱き込もうとする商業主義の強い働きかけは止まなかった。

ロックの歴史は商業主義との死闘の歴史にほかならない。それが、つねに業界が音楽を支配してきた国アメリカで生れたロックの宿命だ、とも言えるだろう。それはジャズについても、ソウル・ミュージックについても、言えることだ。



ポストモダン時代の音楽の変貌

 一九九七年二月、ボブ・ディランが八年ぶりに日本へやって来た。三度目の来日だ。近年の彼のアルバムは、どれを聞いてもおもしろいと思ったことはなかったが、コンサートはかなり楽しめた。ライブ・パフォーマーとしてならディランはまだ魅力あるな、というのが実感だった。全身でリズムを取りながら下手なギターを懸命に掻き鳴らし、ロックの本質を肉体で表現しようと必死の努力をしているのが、痛々しいくらい伝わってきたからだ。それでぼくは、小倉エージさんとの対談で《ディランなんかのやってきた音楽は、ポストモダンから見たら過去の音楽だってことになりかねないわけで、ディランの頭には別にポストモダンなんて言葉はないだろうけど、感覚的に、例えば言葉によるメッセージみたいなものはもう適用しないって知ってるから、少なくとも肉体のいちばん底から出てくるパワーをね、ギターの単純なフレイズに込めてるみたいな音楽のあり方ってのだけは守りたいと……、最後の砦として頑張ってるような印象を受けた》と発言した。それに対しエージさんは、彼はヒップ・ホップに刺激を受けてるように感じた、と言ったが、同じことを裏側からとらえているのだとぼくは思う(『ミュージック・マガジン』一九九七年五月号)。

もちろんディランの奮闘はいわば悪あがきでしかない。彼がいくら全身の力を込めてギターを弾こうとも、ポストモダン・エイジに彼がやれることは限られている。ライブ・コンサートという音楽伝達の原点だったはずの形が将来どうなってゆくのかも、定かではない。それどころか、レコードとかCDといったものさえ、もうすぐ消滅しようとしている。ディランも所属するソニー・ミュージックエンタテインメント(社名はとっくにソニー・レコードではなくなっている)は、音楽をインターネットなどの通信ネットワークで配信するシステムの準備を進めていると、九九年初頭の新聞が報道し、その後もそのシステムは着々と実施の方向に進んでいる。事態の進展は急ピッチだ。

この本は、ポピュラー音楽とは商品として売るために作られた音楽だ、という定義からスタートした。だが、音楽を売るための代表的な商品形態だったレコードとかCDというものが、やがて消え去ろうとしている。音楽をパッケイジした商品という物体で販売する形から通信ネットワークで流す形に変るだろう、という話しはずっと前から業界内で語られてきたが、いよいよそれが実現に向って踏みだした。もちろん、配信をを受けてダウンロードした代金は月ごとにまとめて支払うわけで、伝達の形態は変ろうと、音楽を商品として売るという本質は同じだ。本質は同じであっても、そこまでメディアの形も売り方も変れば、音楽産業の大変革を招くだろうことは疑いない。

社会学者は、世界はすでにポスト産業社会に入っていると言う。産業と消費の変質はとっくに起りつつある。だからこそ、例えばマドンナ現象なども出てきたわけだ。ただ、その変質の行くえにはまだまだ見えない部分が大きく、ポピュラー音楽というものが二十一世紀にも存在し続けるかどうかは、誰にも答えられない。存在し続けるとしたら、それは予想を超えた変貌を遂げたうえでのことだろう、とは言える。

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