2011年1月3日

"Blood On The Tracks" final session

2011年1月3日



昨年の暮れにアップロードしようと思ってたエントリーだが結局今日になった。相変らずいいかげんな訳だがかんべんしてくれ。



1974年2月、ザ・バンドとのツアーを終えたディランは、一旦マリブの自宅に戻るが春になるとニューヨークにいる絵の先生、ノーマン・レーベン(Norman Raeben)に会いに行く。結局2ヶ月、ニューヨークに滞在し絵の勉強をすることになる。その間に5月にフィル・オクスと酔っぱらいライブを行っている。
FOLKSINGER'S CHOICE

ニューヨークから戻ったディランは子供達と共にミネソタに飛んだ。そこには弟の家がありディランにとって最良で快適な場所だった。ディランはペインティング・ハウスを持っていた。ディランはそこで「Blood on the Tracks」を書始めた。

CBSのエレン・バーンスタイン(Ellen Bernstein)が回想する
「ディランは朝早くから書始め、大抵昼頃には形になっていた。小さな赤いノートだった。彼は演奏すると私に感想を訊いた。それはいつも違っていた。毎回。ディランは曲を変更に変更に変更を重ねた。絶対に止らないという感じだった」

7月22日にはツアーで立寄ったスティーヴン・スティルスとティム・ドラモンドにディランはセントポール・ヒルトンホテルの一室で新曲を6〜7曲聞かせた。

そろそろアルバムのプランを立て始めたディランは、この時点ではマイケル・ブルームフィールドにギターを依頼しようと考えていた。

ブルームフィールド:「セッションを台無しにしたくなかったから、曲を憶えるためにテープを録りたかった。その事を言うとディランは海賊版か何かを作るのか見たいな顔つきをした。彼は演奏を始めたが、私は演奏することもついていくことも出来なかった....そこには凍り付いた男がいるだけだった。ひどく当惑した。彼はギターを取りだし、オープンEでチューニングし、ノンストップで曲を演奏した。全ての曲を歌い終えると少しだけ一緒に曲を選んだ......私は言った、曲を憶えるためにメモを取りたい、なので全部歌わないでワンコーラスずつ出来れば変更無しに歌ってほしいと....しかし彼はそうしなかった。彼は演奏を続けた。全ての曲は同じ音で始るように聞え、全て同じキーで、1曲が長かった。このミーティングは私の人生の中で最も奇妙きてれつな経験だった」

ブルームフィールドとのミーティングは不発に終ったが、ディランはオーディションを続けた。中にはピーター ローワンやシェル・シルヴァスタインなどもいた。

「ディランは人々のリアクションにとても興味を持っていた」バーンスタインが言った。

8月、レーベルとの契約を変更したディランは、小さな赤いノートを持ってニューヨークにやってきた。

Blood on the Tracks」セッションはニューヨークにあるコロンビアのA&RスタジオのスタジオA(ディランがよく使っていたスタジオ)で行われた。セッションはの初日は9月16日、プロデュースはディラン本人、エンジニアはフィル・ラモーン。

16日の朝、ギタリストとバンジョープレイヤーのエリック・ワイズバーグがCMのジングルを録音するためにA&Rに来ていた。そこにフィル・ラモーンが走り込んで来た。

ラモーンはワイズバーグに「バンドを持っているか?」と訊いた。ワイズバーグがデリヴァランス(Deliverance)という自分のバンドの事を話すと、今夜のディランのセッションにバンドが必要だとラモーンが言った。

セッション開始30分前、デリヴァランスと彼らの機材がA&Rスタジオに到着した。ワイズバーグは自慢の1939年、マーティン・ヘリボーン D-28を持ってきた。そしてチャールズ・ブラウンはテレキャスターを持ってきた。

ディランがスタジオに来ると新しい曲を演奏しだした。デリヴァランスは自分達が曲を憶えるための少しの時間も与えられなかった。

チャールズ・ブラウン:「彼は楽譜を一切使わなかった。私はメモパッドに走書きで記録したが途中で止めた。何故ならメモをしてもそれは途中で何度も変更されるからだ。彼はその瞬間の感覚のようなものを欲していた。ミスがあったかどうかなんか気にしていなかった」

ワイズバーグもチャールズ・ブラウンと同じように感じた。デリヴァランスにとってディランは難しかった。ブルームフィールドの時と同じだった。

ワイズバーグ:「奇妙な事だった。ディランの指が全く見えなかったので何のキーで演奏してるのかさえわからなかった。他の誰かだったら、抗議してその場から立去るだろう。自分達は本当に不利な状況に置かれた」

ディランは大量のワインを飲んでいてミスを修正することに全く無関心だったようだ。

ラモーン:「ディランはギター用に2本のマイクを用意してほしいと言った。それは彼が自由に動きながら録音したかったからだった。1本はソニーのC37(チューブ)もう1本はノイマンのKM56だった。私は何か違った事をやってみたかった。この場合コンデンサーマイクよりダイナミックタイプ....例えばゼンハイザーの421のようなマイクのほうが良いように感じた...」

セッション二日目の17日。この日はベースのトニー・ブラウンとキーボードのポール・グリフィンだけが呼ばれた。

「ディラン事務所の誰かが電話をかけてきた。誰が戻ってこいと言ってるのか? それは私では無くエリックじゃないのか? と尋ねると、電話の主は "あなただ" と言った。ショックだった。何が何だかわからなかった。それで一層ナーヴァスになった」

トニー・ブラウンの心配をよそにその日のセッションは成功に終った。

「曲に感動した」トニー・ブラウンが言った。

ニューヨークでのセッションは4日間で終った。コロンビアはクリスマスまでにアルバムをリリースしようと考えていた。テストプレスも出来、ディランはマリブの自宅に戻り友人等とそのテストプレスを聞いていた。

クリスマスが近づきディランは再びミネアポリスにいる弟のデイビッドに会った。デイビッドは、このアルバムが絶対に売れないと確信を持って兄に忠告し、ミネアポリスの地元のミュージシャンを集め半分を録り直す事を勧めた。

ディランは録り直しを決定し、デイビッドにジョーン・バエズが時々使っていたような小さなボディを持つアコギ、マーティンの1937年、0042を探して欲しいと頼んだ。

デイビッドは友人のギタリスト、ケビン・オデガード(Kevin Odegard)にギターについて尋ねた。非常にレアなギターなので全く同じ物をケビンは探すことが出来なかった。ケビンは友人のギタリストで楽器店を経営しているクリス・ウエーバー(Chris Weber)にギターのことを訊いた。クリスは1934年、0042Gを持っていた。この「G」はガットの意味だった。ネックも少し太くスチール弦用にデザインされたものではなかった。

ケビンがデイビッドにクリスのギターの話をすると、デイビッドは彼にセッション用のミュージシャンを集める事を要請した。ケビンはクリスにディランの再録音の話し、すぐにメンバーを揃えた。

12月27日ミネアポリスのサウンド80にミュージシャンは集結した。そしてクリスは彼の0042Gをディランに見せた。

ディランとクリスは、他の部屋より楽器の音が良く聞えるということでヴォーカル・ブースに居た。ディランは「何か書いたいたりしたいか?」とクリスに尋ねたりした。クリスは自身の短い曲を演奏して見せた。ディランはその演奏力に納得し、今度はディランが「Idiot Wind」を演奏した。

そしてディランは言った「この曲を憶えて皆に教える事が出来るか?」

「それは新鮮な状態を維持したかったから、あまり演奏をやりすぎたく無かったんだ」クリスが回想する。

「ディランはCマイナーを弾き、その後のコード進行を私に教えた。その作業は数分で終った。私はAマイナー・セブンスよりAセブンスの方が良いのではないかと提案し演奏して見せた。彼は"Leavethat in there; that sounds nice" と言った。そして二人でブースを出た。私は皆の所へ行き、曲を教えた」

Idiot Wind」の再録音を終えたディランは次に「You're a Big Girl Now」をやりたいとエンジニアのポール・マーティンソンに告げた。

You're a Big Girl Now」の事は特に憶えている、キーボードのグレッグ・インフォファー (Gregg Inhofer) が言う。

「あの時はまだハモンドのB3を良く知らなかったので、ディランが望むように演奏が出来なかった。すると彼は"ここでピアノを弾いてくれ、オルガンは僕が弾く"と言った。それでピアノを弾きながら曲を憶えていた。3つ目のベース、DコードのFシャープを弾いた時、隣に立っていたディランが "今のは何だ?カッコイイじゃないか、気に入った、続けてくれ" って言ってくれたんだ」

クリスは、この曲には12弦ギターが効果的だとディランに提案した。

この日のセッションに満足したディランは、次のセッションも全員参加してほしいと言った。

今回クリスは、マンドリンのピーター・オストルーシュコ(Peter Ostroushko) とバンジョーのJim Tardoffを連れて来ていた。「それは、ボブが本物のアコースティック・アルバムを欲していたからだ。彼のルーツに戻る....それで彼は受入れたんだ」クリスが言った。

2回目のセッションは30日に行われた。この2回でミネアポリスのセッションは終了する。

30日は「Tangled Up In Blue」「Lily, Rosemary And The Jack Of Hearts」「If You See Her, Say Hello」の3曲が再録音された。

ニューヨークのセッションでは、Eのキーで歌われていた「Tangled Up In Blue」だが、ここではGにあげてディランは歌った。ディランは新しいアレンジが気に入っていたようだった。クリスは新たにギターリックを提案した。

Lily, Rosemary And The Jack Of Hearts」はキーがDだったが、ディランはDのハーモニカを持ってきていなかった。クリスは妻に連絡してハーモニカを買ってくるように言った。

クリスの妻が到着するまでに色んなキーのハーモニカを使った。アレンジは基本的出来ていた。短いリハーサルを行いディランは直ぐにバンドと録音を開始した。間違ったハーモニカで。

「それは必ずしも間違っているとは言えない」クリスが言う。「でも、確かに曲のキーとは違う...ディランはAのハーモニカを使っていた。楽器がミスマッチしていて曲のイントロは音がごちゃごちゃに聞える」
※実際にはディランはGのハーモニカを使用しており、この場合Dのミクソリディアンになるらしい

結局、クリスの妻が到着するまでに曲の録音は終了してしまう。

If You See Her, Say Hello」はマンドリンがオーバーダビングされた。ピーターが弾いた「バタフライ」と呼んでいたパートをディランが拝借して演奏した。またフラメンコギターのパートもオーバーダブされた。

You're a Big Girl Now」にもフラメンコギターがオーバーダブされた。


アルバム「Blood on the Tracks」は翌1975年1月17日にリリースされた。


1974 Blood On The Tracks recording sessions(Still On The Road/Olof Bjorner)
血の轍(wikipedia)




You're a Big Girl Now

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